GOBI

落ちて

 この日、隆国との勉強も終わり大量の宿題を抱え、前の見えない状態で大階段を下りようとした時だった。案の定裾を踏みつけ体勢を崩し、階段から足を踏み外したは、木簡をばら蒔きながら宙に放り出された。



 落ちる!!!



 派手な音を立て階段を転がり落ちる木簡。思わず目を瞑ったは襲い来る痛みを覚悟した。が、いつまでもたっても痛みはこない。恐る恐る目を開けると、階段から身を乗り出した体勢で止まっていた。
「あぶねえ!」
 後ろから焦ったような声が聞こえ、はゆっくりと振り向くと、酷く怖い顔をした鱗坊がの手首を掴んでいた。



 ゆっくりとを引き上げ、二人揃ってへなへなとその場に座り込む。鱗坊は空を見上げ、勘弁してくれと噴出した汗を拭った。
「りんぼう様、ごめんなさい!」
 慌てて駆け寄り謝ろうとするも足が震え立ち上がることができず、這うようにして鱗坊の傍へと近寄るとは何度も頭を下げる。
「おけが、ありませんか?」
「それはこっちの台詞だ。それにこういう時はな、ごめんなさい、じゃなくてありがとうって言うんだ」
 苦笑いしながらそう言うと、鱗坊の大きな手がの頭を撫でる。確かにすぐに謝るのは日本人の悪い癖だ。
「あ、ありがとう、ございました」
「ん……しかし、怪我はなさそうだな……足は大丈夫か」
 頭を撫でていた手がするりと下り、肩や腕、強く掴んだ手首を撫でると、最後に足首に手をかけた。掴んでは撫でたり押したり、ぐりぐりと回してみたり。も嫌だやめてとは言えず、ただされるがままになっていた。
「大丈夫そうだな。ただ……」
 腰を上げたかと思った次の瞬間、再び宙に浮くの体。鱗坊に抱きかかえられたは小さく悲鳴を上げ、思わず体にしがみついた。
「少しばかし苦しいな。いま階段を下りるから暴れるなよ」
 そう言うとゆっくり一段ずつ、確かめるように段差に足をかけ下りていく。途中バラバラになった木簡が散らばっているが、踏みつけて階段を滑り落ちないよう時折蹴りつける。
 おそらく隆国がこの場面を見れば、瞬く間に額から恐ろしい角が生えるだろう。




 いつもより時間をかけ階段を下りきると、激しい物音に驚き集まった兵や侍女達が見守る中、鱗坊はゆっくりとを腕の中から解放した。
「無事下りたが……この木簡はどうするか」
 散らばり一部解けたり割れたりした木簡が二人の目の前に広がる。
「りゅうこく様からの、しゅくだい、です」
「宿題にしてはだな……」
 鱗坊は一つを手に取るとぱらぱらと眺め、乱雑に床に投げ捨てる。
「少々数が多すぎるだろう」
「でも、勉強、ひつようです!」
 の話を聞いているのかいないのか、ううんと顎髭を撫で考え込む鱗坊は、近くにいた侍女を呼び散らばった木簡を片付けるよう指示をすると、体勢を低くし再びをひょいと抱えた。
「今下りたばかりだが致し方ない。隆国の部屋に戻るぞ」
「まっ、もう歩けます!」
 ばたばたと抵抗するも、の足を抱える鱗坊の手がぐっと押さえつける。
「下してもいいが、また裾でも踏んで転ばれても困る。低い鼻がさらに低くなるぞ」
 鱗坊の話は半分ほどしか理解できなかったが、何か失礼な言葉を言われたという事はにも理解できた。
「りんぼう様、いじわる」
「そうだな、よく言われる」
 口元を歪め鼻で笑うと、勢いよく階段を駆け上がる。




 二人で謝ればきっと隆国も許してくれるだろう。隆国もそこまで鬼ではないと笑う鱗坊。







 そんな訳はない。

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