GOBI

リナリア

 酒保の隣に備え付けられている中庭には、外でも飲み食いが出来るようテーブルと椅子、ベンチが置いてあり、それをぐるりと囲むように色とりどりの花が植えられている。もちろんこの花壇の管理も兵達の仕事の一つで、内務班が持ち回りで手入れをしていた。

 春の遅い北海道。やっと花々が咲き始めたこの月から花壇の管理が始まる。今週は月島軍曹の内務班が担当で、その中でも玉井伍長の班が春の日差しを背中に浴びながら、せっせとまっさらな花壇に花を一つずつ植えていた。

「なんでよりによって俺達が……」
「仕方がないだろう。それとも朝から晩まで訓練の方がいいのか?」

 額を流れる汗を首にかけた手ぬぐいで拭い、険しい顔をした岡田がぽつりと文句をこぼせば、隣で作業していた玉井伍長が「兵の鑑だな」と笑う。そんな二人をは花壇の反対側からちらりと覗き見る。隣で作業する三島が声を掛けるも、「うん」「そうだね」と適当な返事しか返さず、耳は完全に向いの男に集中していた。



 気が付けば目が離せなくなっていた。
 友達がこの場にいたら、絶対に「趣味が悪い」と笑われていたかもしれない。それでも、時折見せる真面目な顔や、優しく笑う顔を知って、彼は私の中で特別な存在に変わる。

 一度手元に視線を落とし、相変わらず話し続ける三島にうんうんと適当に返事を返す。再び視線を岡田に向けると、パチリと二人の視線がぶつかる。予想外の事には慌てて顔を伏せた。バクバクと心臓の音が、周りに聞こえてしまうのではないかというくらいうるさく高鳴る。バレてしまっただろうか。いや、バレて欲しい。
 いつもなら言えるのに、今の付かず離れずな関係も心地よくて、壊れてしまうのが怖いといつも怖じ気付いてしまう。

 その場から一度離れたく、熱くなる顔を扇ぎながら「暑いから少し中に戻ります」と玉井伍長に告げた。岡田が心配そうに声をかけてくれた事に少し嬉しくなるも、は逃げるようにその場を後にした。



 薄暗い酒保はひんやりとしており、火照った肌からすうっと熱が引くのがわかった。それが心地よくて、近くの椅子に腰を下ろしテーブルに突っ伏した。外から聞こえる楽しそうな声。彼の声が聞こえる度にキュっと胸が締め付けられる。



 春の風が吹く度に、花壇に植えられたばかりの小さな金魚がゆらゆらと揺られ泳ぐ。その姿はまるで今の自分のようだ。

 気付いて欲しい……私、あなたの事が……




 リナリアの花言葉「この恋に気づいて」


18/05/20

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