GOBI

変わる私と変わらぬあなた

注意;古い話のため内務班ではなく食堂にしています。

 夜、日に日に高くなる気温に、は長く伸びた髪をかき上げぐったりとうなだれていた。
 北海道とは言え夏はやって来る。
 汗ばむ肌にまとわりつく髪を想像するだけで、の心は沈む。
「そうだ」
 急に思い立ち引き出しをゴソゴソと漁ると、それを持ち鏡の前に立った。



 朝早く炊事場に悲鳴が上がる。
 何事かと当番の炊事兵達が集まると、皆の視線はの髪に釘付けになり絶句した。
ちゃん……何か、あったのかな?」
 皆は言葉を選びながら問うが、当のはあっけらかんとした表情で笑った。
 いつものように朝ご飯を準備し終えると、起床ラッパが鳴り響き、続々と腹を空かせた兵達が食堂へとやって来た。
 が、やはり皆の気になるところはで、聞いてもいいのだろうかと目を泳がせながら挨拶をする。
「おはようございます」
 そこへ岡田を先頭に玉井班がやって来た。
 しかしの髪を見てやはり絶句する。
、その髪……」
 既にお気づきだとは思うが、の真っ直ぐで豊かな長い髪は肩ほどで短く切り揃えられ、ふんわりとの動きに合わせて顔の横で揺れていた。
「どうですか?昨日自分で切ってみたんですけど、なかなか上手く切れたんですよ」
 笑うとは裏腹に、岡田の顔は青ざめ、隣にいた野間と尾形、玉井はじろりと岡田を睨みつける。
 後ろがつっかえている状況に慌て、また後で話そうと岡田は小さく耳打ちすると、味噌汁を受け取り席へと向かった。
 遅れ席へとやって来た三島が無理やり岡田の隣に座ると、興奮した様子で一体あれはどういうことだと問い始めた。
「まあ、食えよ。話はそれからだ」
 遠くを見つめながら味噌汁をすする岡田。
 岡田にとってはが髪を切るような事をした覚えは全くない。
 が好きだし、以上の女性もいないと思っているし、泣かせるような事などアレ以外では一度もしたことはない。
「嫌がることでもしたんじゃないか?」
 お前ねちっこそうだもんなと尾形がからかうも、ううんと悩んでいる岡田はそうなんだよなあと思わず口にする。
「お前は一体どんな事をやってるんだ」
 呆れる玉井伍長に慌てて違うんです、としどろもどろに訂正していると、朝の仕事を一先ず終えた話題の中心が膳を持ってやって来た。
 思わず皆の視線がに降り注ぐも、は何がなんだか分からない。
 岡田の隣に座っていた三島がスペースを開けると、はいつものようにそこへ座った。
 椅子に座るため前に屈むと短い髪が前に揺れ、邪魔にならないようにと耳にかける仕草が、男達の心をくすぐる。
「いただきますっ!」
 大きな声で言うと、いつもと変わらぬ様子でご飯を口に入れる。
……」
 意を決し岡田が声をかける。
「その……髪の事なんだが……」
 皆がゴクリと息を飲む。
「これですか?もうすぐ夏じゃないですか。長い髪って邪魔で仕方がないんですよね。暑いし」
 笑いながら話すに、きょとんとした表情で男達は固まってしまった。
 髪を切った理由は暑くて邪魔だから?
「岡田に何か嫌なことされたとかじゃなくて?」
 三島が聞くも、いいえ邪魔だからですよ?と悪びれる様子もなく話す。
「あれ……なんだか、髪を切るのはまずかったですか?」
 皆のいつもと違う態度にやっと気が付いたは、もしやと青ざめた。
「ち、違うんですよ!岡田さんは何も悪いことはしてないんです!むしろ普段は優しすぎるくらいで!もうちょっとそれ以外の時みたいに意地悪でもいいかなあって、いやえっと、そうじゃなくて!!!」
 聞いてもいないことをペラペラと喋り、墓穴を掘るに思わず岡田は吹き出し、は顔を赤らめ机に突っ伏した。
「朝からおのろけかよ」
「心配して損したー」
「岡田、あまり危ないことはするなよ」
「ちょ、ちょっと!」
 にやける岡田を置いて、尾形、三島、玉井は次々に席を後にし、残ったのは岡田と未だ机に伏せている、そしてただ黙っていた野間。
「野間……」
「死ね」
 最上級の暴言を吐き捨て、野間も皆の後を追う。



「俺な、何か悪いことしたのかと本当に悩んだんだぞ」
 日も暮れた頃、薄暗いの部屋に岡田の声が響く。
 ベッドに腰掛けを後ろから抱きしめるように座ると、短い髪から色っぽいうなじがちらりと見え隠れする。
「ごめんなさい、本当に深い意味はなくて」
 謝り短い髪は嫌いですかと問うと、の首筋に岡田の唇が触れる。
「嫌いじゃない。むしろそそられる」
 もう!と笑うの体に回した腕に力を込め、短い髪を岡田の大きな手が優しくかき上げるとお互いの唇が触れ、いつもと変わらず愛してくれる岡田には目を細める。
「冬には元に戻りますよ」
「それまで目一杯楽しませてもらうよ」
 その代わり、次髪を切る時は必ず事前に一報をくださいと願う岡田だった。


17/06/18

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