桃ノ木
中庭にある小さな池の畔。手を真っ黒に汚しながら小姐と一緒に桃の苗木を植えた。
家主である録嗚未の許可は取らず。
「桃はいつなりますか?」
「そうですね、実が生るまで三年程でしょうか」
小姐は三年と聞きキラキラと目を輝かせるを見て、口元を緩めながら続けた。
「様、沢山生ったらどうしましょう」
「私、毎日桃を食べます! 一日三個!」
は大好きな桃が沢山実るのを想像してニコニコと笑う。
「いいですね。ですが録嗚未様にもおすそ分けしなくてはいけませんよ?」
録嗚未、おすそ分けという言葉を聞き、先程まで輝いていたの表情が一瞬にして曇った。
「一つ、なら――」
「俺の屋敷の俺が鍛錬をするために作った庭に勝手に桃の木を植えて何を言っておる」
まさか居たとは。突然聞こえてきた声に驚き、その拍子に前へとつんのめるが目の前は池。
録嗚未は池に落ちる寸前での腕を掴み救い出すと、この日一番の声を張り上げた。
「池の側で遊んでいるからだ! あとお前ら、植えるなら家主の許可を取れ許可を! それにだな桃を男に――……いやまあいい」
怒鳴りながらも再び落ちないよう池から遠い場所まで引きずり、これでもかと怒鳴り散らし、最後に何か言いかけるがぐっと飲みこむ。
「おい! こいつに変なことを教え込むな!」
ふくれ面の未鶇から、怒りの対象をが小姐と慕う侍女へと移して更に怒鳴る。
録嗚未に何度も頭を下げる小姐はどこか悔しそうな顔をしていた。
木々も娘もすくすくと育ち三年後。
小さかったも十七になり、あんなにも仲が悪く見えていた録嗚未と夫婦となったのはこの春のこと。
そして小さな池の畔に植えた桃の木は、二人の門出を祝うかのように美しい花を咲かせ、散り落ちると待ちに待った実が実った。
「植える木を間違えました……」
がぼんやりと見つめる先、桃の木に実ったのは小さな小さな桃。観賞用の大きな花桃の木に生った小さな実はほとりと音を立てて池に落ちた。
「いい勉強になったな。なんなら買ってきた桃を木に吊るすか」
大きく笑う録嗚未を見ていると悔しくて、拾い上げた実を投げつける。
「熟した実は花桃酒にしましょう。熟さず落ちた硬いものは……録嗚未様に投げつけます」
馬鹿、やめろ、と楽しそうに二人で笑う。
「今度は食べられる桃を植えるか」
桃の木を植えたのをあんなにも怒っていた録嗚未からの提案に、は思わず首を傾げた。
「よろしいのですか?」
が手にしていた桃を取ると、また庭が狭くなるなと録嗚未はぼやく。
「植えてもいいが、生ったら俺にも分けろよ」
珍しく録嗚未の方から欲しいと言われ、今度はパッと輝かせながら、意味も知らずに大きく頷いた。
***
「あの時何を言いかけたのですか? 確か桃を男に……ええと」
満開の桃の花の下、出来上がった花桃酒を軍長達に振る舞いながら四年前の事を思い出し尋ねてみた。覚えていたことに驚きつつ、恥ずかしさからふいと顔を背けた録嗚未を横目に、話を聞いていた麟坊がに近づく。
「女から男に桃をやるって言うのはだな」
麟坊がにたりと笑いながら耳打ちをする。
「あなたの子どもが欲しい、って意味があるんだよ」
余計なことを教えるなと怒鳴る録嗚未の隣で、の頬は満開の桃の花にも負けないほどに桃色に色づいた。